舞台『お気に召すまま』パンフより



旬君は、クローズの源治を演じていても、役の中の人物が時を経ているかどうか、演じている自分の成長度を 自然に計って、役の演じ方を作っていくようですね。1の時から時が流れて。。。身体が大きくなっているから。。と。

オーランドーは役の中では時を経ていません。。
3年前から成長した自分。。

動きや感情は3年前にとらわれず。新たな気持ちで取り組んでいこうと思います。
皮のサスペンダーはまだ少年だった当時は良かったけれど、今は違う気がして、衣裳もちょっと変えてもらいました。稽古場では自分が普段着ているパンツに腰に布を巻いてみました。この場面の頃は兄にこき使われているし、シンプルな方がらしくていいかなと。
衣裳に限らず、あらゆる所に新しい部分は付け加えていきたいです。

逆に3年経って
技術的に進歩した分、失われてしまったかも知れない勢い、若々しさ、初々しさは意識して残しておきたい気もしますね。

オーランドーが能動的なのは前半で、後半はロザリンドの芝居を受ける側にまわるので、ロザリンドの魅力がより出るようにサポートしていきたいです

初演で印象に残っているのは。。森に逃げて来て切羽詰まった状況で。前侯爵達の宴を襲うシーン。凄く優しい言葉をかけられて一気に崩れるというところで、吉田鋼太郎さんが僕の芝居を受け止めてくれて、この人、すげぇ!って思った事を覚えています


このシーンのピュアな旬君に鋼太郎さんが涙を流したと。。ANNで仰ってましたね。

パンフの中でも。。この場面の事を鋼太郎さんは。。

初演の時、オーランドーが宴を襲いに来る場面で、小栗の剥き出しの感情を受け止めた時、「お気に召すまま」ってこんなにいい作品だったんだって感じたんです。。。と

お互いに演じる中で、感動していて。。素晴らしいですよね。

戯曲を読んだだけでは伝わってこない感動や魅力が、舞台で役者さんが演じて初めてイキイキと伝わってくる。。それだけ。。言葉も気持ちも身体の中に染み込ませて自分のものにしているからでしょうか。。