三成。。

30日に、島左近の話題をコメントで頂き。書きたいことがいっぱいになり。。お返事では。。長くなり過ぎて、削ずるのがむずかしく。。簡単になってしまいました。。今回も時間がなくしっかりと書けませんが。。TV情報誌の予告を見て。。ほんのちょっとだけ。。

島左近は。。、筒井家。豊臣秀長・豊臣秀保らに仕えて 
大変活躍した。。評判の高い武士でしたが、司官をやめて浪人の身でした。
三成よりも20歳も年上の方。。
いろんなところからからの士官の誘いを断ってきましたが、三成の自分の石高の半分、2万石の俸禄を示した熱心な説得で、三成に仕えることになりました。。
三成がそれほどまでに。。島左近を必要としたということで。。
左近も2万石が欲しくて。。心が動いたのではないことは、その後の三成への忠義を見ると、感じます。。。そこまで自分を買ってくれてること。。そして。。20歳も年下ではあるけれど。。三成の人物を認め、尊敬し、仕えてからは。。三成に命をかけた働きを生涯したという。。三成のもとにはそういう人が沢山いるんです。。
若林豪さんと旬君は更に。。43歳も離れていて。。旬君頑張ってます。。>

今回の35話では良かったですけど。。この先は。。ですよね。。

(やっと旬君の本領発揮の良いシーンだった35回「天地人
総選挙、24時間テレビ。。等の影響で、視聴率は 19.9 %でした。。
残念な数字がついてしまいましたが。。きっと4回放送されるので、どれかで観て頂けるかと。。)

根底に。。
今まで語られてきた三成の 間違った 部分を修正し。。正しい三成を解って貰う。。名誉回復ドラマ。。ではないことは覚悟した方がよさそうで。。
兼続の義を貫く姿と。。色々と足りない三成を助けて活躍する兼続を描くドラマなので。。

三成の名誉回復史実と。。兼続が活躍する脚色がピッタリ合うシーンがこれからもあれば。。ですけど。。

下のTV情報誌の予告でもあるように。。

次回。。。。
武断派の武将(福島正則加藤清正。。)らが三成に夜襲をかける。
三成は家康の元へ逃げ込む。兼続は淀に仲裁を頼み、騒動の鎮静化に奔走。三成の命は救われる。。。。

。。そうで。。このエピソード+兼続の活躍 脚色を使うんですよね。。

旬君も以前、関ヶ原で家康と戦うことをインタビューで。。
「自分を助けてくれた家康に戦いを挑むというのは。。その三成の想いを考えると。。」と辛そうに語ってました。。(実際にそうではない話の方が有名なのに。。三成をこっちの話で演じるのか。。そうか。。兼続主役だから。仕方ない。。という苦悩が感じられました。。)

今後はいろいろと。。観るのが辛いエピソードでいきそうです。。



この家康の元に逃げて、助けて貰った。。というのも。。家康を持ち上げたエピソードで。。
更にドラマでは兼続が助けてくれるそうで。。

実際には。。

家康が秀吉が決めたことを次々に破って血縁関係を結び、秀吉が作った体制をないがしろにしていきます。
豊臣家を支える家臣たちを乱すような噂を立て、次々に自分にうまく取りこんでいきます。。豊臣政権の崩れを感じた大老、奉行たち。。。。

三成は前田利家と、きちんと書状で抗議します。
家康は「秀吉も公認していたと思っていたので。。」なんて。かわします。。

更に、家康はあちこちで、豊臣家臣たちの噂を流したり、結束を。。体制を崩していきます。。

三成がクランクアップの衣装で家康を討つ。。兼続が諌める。。となってましたが。。しょうがない。。主役が活躍しなくちゃいけないですからね。。

島左近は 家康が前田家を訪れた時、三成に 家康を討つべきだ と進言します。三成はそういう手段を好まず、とどめます。

前田利家は、自身のもとに家康が訪ねたとき、家康に短刀を突き付け、コレ以上の裏切りを許さない覚悟を示します。(ドラマでありました。。)

前田利家が亡くなり。。家康の策略で 息子の利長は加賀に戻ったため。。
異心あり。。とされます。そのあとも。。利長は、豊臣政権を支える立場を貫こうとしますが。家康の陰謀には敵わず。。母まつ(「利家とまつ」の まつ)の言葉に従い西軍に就くことに。。

左近は その後も 家康の陰謀を早く断つために。。何度も、隙があれば、今こそ、家康を討とうと。三成に暗殺を持ちかけます。

大谷吉継も 佐和山城で、三成に 家康を討つ計画を打ち明けられた時に、兵力の差が大きいので、反対します。まず、闇討ち、暗殺を試みて、それから。。挙兵 は最後の手段だと説得します。。

三成は島左近大谷吉継の信頼する家臣や友人からの言葉も。。秀吉、秀頼のために。。正々堂々と、戦うべきだと、受け入れなかった三成です。

家康に助けて貰ったなんて。。んなバカな。。ですよ。。。
有名なやれやれ話のひとつですが。。これは江戸時代でもなく。。明治に作られた話らしいです。。(誰だ!。。怖いですね〜。^^。)

三成は、事前にその夜襲の動きを知って。。伏見城に行ったのです。。伏見城内の自分の屋敷。、治部少丸に行ったのです。(笠谷和比「関ヶ原合戦 四百年の謎」より)
治部少丸というのは。。それ自体が独立した城の構造をしている。。

この時、宇喜多秀家は八千の兵を用意して三成救済を計画し、中国の毛利。。九州の島津。。立花。常陸の佐竹等の大名も兵を率い、三成のもとに馳せ参じようとしていたと。。

そして三成に逃げられた武断派達は、家康に、三成に誅伐を訴えた。

家康は三成一人ならどうにでも出来るが、三成には天下無双の大名たちが残らず味方をしている。下手なことはできないと。。三成と武断派の和議を斡旋する。。という経緯です。。


伏見城の三成の城、治部少丸に行ったという話が。。
三成が伏見城に入っていた家康のもとに逃げ込んだとされる話しが多いようです。。。。。

沢山話しがあって。。

佐竹義信が家康の元へ、自分の具をつけさせて連れてきた。
家康はその佐竹を気に入り。。こういう者は敵に回ったとしても道理をわきまえ、味方にしても頼もしいと。助けることにした。。


宇喜多秀家の屋敷に行き、そのあと、兼続も駆けつけ、戦う話も出たけれども。。兼続の提案で、家康のもとに逃げたというものも。。

伏見の自分の家に。。という話では兼続の活躍の場がないですもんね。。
兼続の活躍を表すには都合のいい材料なのでしょうね。。
こういうの。。って。。もうそろそろ古いよ。

検証されているものを多くの方が見てくれれば。。


コチラ。。一冊の中に色んな方が書いてるので、良い解釈のものと。。
本当に良く検証した方ではなく、先入観と憶測で書かれたものも。。
お薦めかどうか。。良いものもあるので残念。。
石田三成 野望!関ヶ原 (新人物文庫)


こっちは買ってません。。まだ。。^^
旬君扮する三成フィギュアなら。。すぐ。。^^
マイスタージャパン 戦国武将 ARMOR SERIES フィギュア 石田三成 Bタイプ
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