当て書きなのに。。って ^ ^


鈴木祐司さんの記事より。。
(次世代メディア研究所長/メディアアナリスト/津田塾大学研究員)
https://news.yahoo.co.jp/byline/suzukiyuji/20181113-00103942/


WOWOW提供『勉強させていただきます』番宣映像

宮藤官九郎による異色ドラマ『勉強させていただきます』。
「“役者の生き方が芝居に出る”。同じ台本の同じ役を演じても、演じる役者によってその役は大きく変わる」という言葉で始まった。
主役は人情派刑事を演ずる遠藤憲一。初回ゲストは小栗旬
一見ハードボイルドなサスペンスだが、オーソドックス版の次に登場する、小栗旬演ずるダブルキャスト版は、彼のイメージとかけ離れた“あり得ない”刑事役をやらかしている。
稀に見るクドカン・ワールド大爆発の“秀逸なドラマ”になっている。


ハチャメチャな小栗旬

台本を見た小栗旬の困惑ぶりは、番組ラストのこんな言葉に凝縮されている。
「(キャスト決まってからクドカンが当て書きすると言われたが)台本もらって、あれ、どこからどうなったら俺のイメージ、これになったんだろう???」
困惑顔の小栗に対して、クドカンはすかさず「いや、割とすんなり・・・」

聞いていた遠藤憲一はじめ、スタッフ一同は大爆笑。


WOWOW提供『勉強させていただきます』番宣映像

・・・ドラマの最後に、楽屋裏が暴露される同ドラマ。
二枚目で超売れっ子の小栗旬が、普通では考えられないハチャメチャな演技で暴れまくった理由が明かされる。

ドラマの構造

ドマラ冒頭は連続猟奇殺人事件の発生。
警察は犯人像さえ特定できずに行き詰る。警視庁は特捜班を作り、人情派刑事・諸井情(遠藤憲一)に解決を委ねる。
諸井は相棒・田所と一緒に、別の連続猟奇殺人事件の犯人として収監中のソンニバルに、事件解決のヒントを教えてもらいに行く。映画『羊たちの沈黙』での、元精神科医の囚人ハンニバル(アンソニー・ホプキンズ)と、FBIアカデミーの実習生クラリスジョディ・フォスター)のシーンにそっくりだ。
忠実な田所は諸井の指示通りに動くが、ソンニバルから拒否される。
やむなく諸井が、得意の人情話で事件解決のヒントを聞き出す。エンケン十八番の名演がさく裂する。

ところがクドカンが書いたドラマは、ここで“とんでもない”展開をみせる。

冒頭10分のオーソドックス版が終了すると、「はい、OK。チェック、OKで〜す」と拍手。つまりドラマの収録後のシーンに替わる。
ところがここで収録ミスが発覚し、撮り直しが必要になる。だが残念ながら田所の演者は帰宅済み。やむなく代役を立てることとなり、たまたまスタジオを訪ねた小栗旬が引き受けることになる。

同じ役を違う役者が演じたら・・・

もともと田所を演じた役者は、ハードボイルドらしく極めてシリアスに演じていた。
ところが小栗旬がやると、主人公(遠藤憲一)をどんどん食ってしまう。しかも頓珍漢でコメディ感満載の演技。ハードボイルドの雰囲気は、完全にぶち壊しだ。


WOWOW提供『勉強させていただきます』番宣映像

例えば最初のドラマでは、「情に訴えてみませんか」「私の感情が1ミリでも動いたらヒントを与えても良い」とソンニバルに言われ、エンケン十八番の名演技がさく裂した。
ところが小栗代役バージョンでは、諸井が人情噺を始めようとすると、「彼女と別れた時の話をします」としゃしゃり出る。憂いを満面にためながらの名演技と思いきや、信じられないオチへと話を強引に運んでしまう。主役をとられたエンケンは、「それ人としてどうなんだ?」と堪らず非難する。

そう、小栗代役バージョンは、シリアスとコメディの両極端を行き来する。まるで急な坂を上り降りするジェットコースターのような展開だ。
そしてメチャクチャな人情噺だったのに、「どうですか?」「動いたか?」と問われたソンニバルは、低く重々しい声ながら「動きっぱなしです」と答えてしまう。
小栗のせいで破綻したストーリーでも、笑いを堪えてハードボイルド路線を死守してきた遠藤憲一も、最後の最後で堪らずに吹き出してしまった。ドラマを演ずる役者の心の内を、ラストは見事にドキュメントしている。

WOWOWのオリジナルドラマ

有料放送のWOWOWは、2003年からオリジナルドラマの制作を始めた。
多チャンネル化で競争が激しくなり、加入者数が頭打ちになっていたのが背景にある。他局との差別化に迫られていたのである。
視聴率やスポンサーに左右されない分、映画のような本格ドラマが並んだ。川上弘美原作の『センセイの鞄』に始まり、廣津和郎の『娘の結婚』、宮部みゆき『理由』など、話題作が並んだ。中には劇場公開されたものも幾つかある。

08年からは単発だけでなく、連続ドラマも作られるようになった。
『パンドラ』『空飛ぶタイヤ』『マークスの山』『下町ロケット』など、名作が目白押しだった。クリエーターが作りたいものを作れるということで、WOWOWでやりたいという監督や役者が次第に増えていった。
4年前の『MOZU』では、まるで映画のような本格的な作り方に徹し、一世を風靡した。
その後も『しんがり 山一証券 最後の聖戦』『沈まぬ太陽』『石つぶて〜外務省機密費を暴いた捜査二課の男たち〜』など、剛速球の社会派ドラマが続いている。

ところが同社のヒットを見て、他局も似たテイストのドラマを増やし始めた。
TBS日曜劇場『半沢直樹』以降の、『下町ロケット』『陸王』『小さな巨人』などは、明らかにドラマWとイメージが重なる。今春からテレビ東京が始めたドラマBizも、同じ路線に見える。今秋の『ハラスメントゲーム』などは、番組だけ見ているとドラマWと区別がつかない。

次のフロンティア

かくしてドラマWは、他局との差別化という意味で、やや埋没し始めていた。
かくなる上は、従来のドラマWと異なる新たな鉱脈を探り当てなければならない。その試行錯誤の一つが、今回の『勉強させていただきます』だ。社会派のドラマWをまねて、シリアスに始まったかと思えば、ハードボイルドと思わせておいて、“肩すかし”や“猫だまし”を連発する。
極度の緊張感から、一気に弛緩させる構造の笑いは、心の底から楽しめる。しかも演じているのが、二枚目の売れっ子・小栗旬だ。意外性と言い、ダサかっこ良さと言い、ドラマはあっという間に終わってしまう。

しかも同社は今回、同じ役を異なる役者が演じる“ビフォア/アフター”構造を、4分のショートバージョンでも披露している。


『勉強させていただきます』おもしろ動画のサムネイル

なるほどドラマは、ストーリー・心理戦・謎解きの論理などが重層的に絡まるため、注意深く凝視していないと“ビフォア/アフター”は見落とし勝ちだ。ところが同じシーンの“ビフォア/アフター”を端的に見せてもらうと、宮藤官九郎の筆力と巧みな構成、そして遠藤憲一小栗旬の演技力や存在感が浮き彫りになる。

ネットとテレビの関係では、ダイジェスト・スピンオフ・チェーンストーリーなど、さまざまなミニ動画が挑戦されてきた。しかし今回のような“ビフォア/アフター”を分かりやすく直列させる手法は、今までに類を見なかった。新たなフロンティア開拓として、大いに期待したい。

番組ラストの楽屋裏晴らしのトーク部分では、今回の作品は来年1月から始まる大河ドラマ『いだてん』執筆の合間を縫って、いわば“息抜き”で書いたとクドカンは言う。
ところがどっこい、ストーリーと見る側の感情の動きを追う限り、片手間のやっつけ仕事などではなく、緻密に計算された職人芸と言える。
配信中の“おもしろミニ動画”と初回無料の放送(再放送は13日火曜日の26時〜)を見比べて、脚本・演出・演技を因数分解してみるのも一興だ。新たなタイプのドラマの幕開けを、ぜひ目撃しておいて頂きたい。


鈴木祐司